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文淵閣四庫全書−中国の至宝が本館に所蔵されるまで−

法文学部教授  島居 一康



島根大学附属図書館の蔵書のなかで、他大学からしばしば羨望の目で見られ、全国的にも誇りうる蔵書の一つが『景印文淵閣四庫全書』である。書庫の8階の広いスペースの書架に全1,500冊(洋装B5判、1冊平均800頁)が整然と存置されている様は、まさしく文字どおりの圧巻というほかない。一叢書で全3,457種、その内容の豊富さと36,000余部という部数の多さだけでなく、この叢書の作成から刊行に至るまでの歴史の重みにおいても、世界中のあらゆる叢書を圧倒しているからである。

 この景印版(写真複製)の原本である『 四庫全書 』が完成したのは今から200年ほど前、それ以来この叢書は、景印本として刊行されるに至るまで、激動の近現代中国の歴史の荒波にもまれて数奇な運命をたどった。そしてまた、中国文化史上の至宝ともいうべきこの叢書の景印本が、完全な形で本学の附属図書館に納められるに至った経緯の中にも、私は何か運命的なものを感じる。

 『四庫全書』は清の乾隆帝の勅命により、1772(乾隆37)年から10年間の歳月をかけ、当時まで存貯されてきた中国全土の図書を収集し、経・史・子・集の4部に分類整理したもので、四庫の名はこれにもとづく。経・史・子・集の4部分類は、さらに40類の下位分類とともに、ふつう漢籍と総称される中国の図書の分類方法として現在なお多くの図書館で用いられている。「経」はいわゆる四書五経とその研究書、「史」は歴史・地理関係の書、「子」は各種思想家や科学技術関係の書、 「集」は詩文や奏議等を含む文集・類書等をいい、哲学・史学・文学のみならず、自然科学・技術の分野を含む伝統中国の学術全般の図書を分類整理する最も効率的な分類方法として活用されている。このような大編纂事業としては前代の明の永楽帝の勅命による一大百科全書『永楽大典』があり、四庫全書の編纂計画はもともと、この『永楽大典』に収録されていながら乾隆時代にすでに散佚していた古書を捜し出そうという侍読学士朱 の上奏に端を発し、これをうけた乾隆帝が四庫全書館を開設、多くの学者を動員し、紀 をその総纂官に任命して作業が開始された。官民あげて全国から収集した厖大な書物を綿密に校訂し、3,457種すべてに最良の善本をつくって浄書させた。このとき、各地から献上された善本については遂一その内容を検閲したので、清朝に害を与えるとして禁書に指定されたものもある。

 四庫全書の編纂は、10年間の作業を終えて4セットが完成し、皇帝の図書館である柴禁城内の文淵閣、北京郊外円明園離宮の文源閣、奉天の行宮の文溯閣、熱河の避暑山荘の文津閣にそれぞれ蔵した。さらに1790(乾隆55)年には揚州の大観堂に文匯閣、鎮江の金山寺に文宗閣、杭州西湖の孤山に文瀾閣を建てて各1部ずつ蔵させたから、このとき全7セットが揃ったことになる。しかしその後1860(咸豊10)年、円明園文源閣は第二次アヘン戦争の際、英仏連合軍の略奪にあい焼き払われた。同じころ揚州、鎮江、杭州の3閣も太平天国の騒乱に巻き込まれ、揚州・鎮江の2閣は消失、杭州文瀾閣の蔵書も散佚した(のち補修され現在は浙江図書館に蔵貯)。焼燬・散佚を免れた他の3閣のうち、宮中文淵閣の蔵書は1949年、人民解放軍の北京占領に先んじて国民党の手により台湾に移され、台北市郊外雙溪の故宮博物院に蔵置されることとなった。
 この文淵閣四庫全書から貴重書を選択し『四庫全書珍本』として景印刊行する事業は、国民党政権下、商務印書館がすでに1933年から開始していた。しかし日中戦争と国共内戦で中断、台湾商務印書館が59年から再開し、77年までに全12集と別集、合わせて全体の約半分が再版された。島根大学附属図書館はこれらを購入し所蔵したが、一部欠けたままになっている。私が本学に赴任したのは79年春、せめて「珍本」だけでも完全な形での所蔵が望まれるところであったが、すでに台湾でも絶版ということで諦めるほかなかった。

 82年、折しも台湾商務印書館は世界で唯一四庫全書全巻の景印刊行を開始した。世界中の中国研究者がこぞってこの購入を望んだのは当然のことである。しかし購入には1千万円以上の巨額の予算が必要である。図書費の潤沢な一部の私学からは四庫全書購入のニュースが伝わってきた。本学では中国研究に関わる教官の熱心な希望をふまえ、85年度の大型コレクション図書として購入を文部省に申請した。翌年、思いもかけず筑波大と本学の2校だけに購入費約1千百万円が割り当てられた。申請の主体になったのは法文学部中国文学の入谷仙介と西脇隆夫、東洋史の籾山明と私、教育学部の中国哲学浅野裕一の5名であったが、この幸運にめぐりあわせたことを皆で祝福しあったものである。ただなぜ西日本で島大だけに白羽の矢が立ったのか、本当の理由は今もってわからないままである。

 『景印文淵閣四庫全書』 全1,500冊は、全部で3,457種、36,000余部、巻数にして79,000余巻の書物を収める。19世紀以降に刊行された図書を別にすれば、古代以来中国で刊行されたすべての図書で乾隆期まで現存し、四庫全書に収録されていない図書は殆どないといってよく、要するに四庫全書を所蔵しておれば、乾隆以前の時代の中国研究は学術の全分野において必要な文献資料を獲得したことになるのである。  この叢書が図書館に所蔵されてから、私自身の研究と学生教育の両面でうけた恩恵は計り知れないものがある。地方国立大学はどこも蔵書の貧しさに悩んでいるが、この叢書を所蔵し活用している限り、島根大学附属図書館は国立大学の附属図書館としては一流であると自負してよいであろう。(しますえ かずやす)


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